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そうか、京都に行こう。 1日目 「東寺」

「そうだ、京都に行こう!」一通のメールが送られてきた。京都? 久しく旅行してないな。「そうか、京都に行こう!」と決めたのが4日前。宿の手配は姉がしてくれるというので、こちらはルンルン気分でガイドブックとにらめっこ。紅葉シーズンも終わったと、さほど期待もしてなかったけど、名残の紅葉が待っていてくれました。

先ずは弘法大師空海真言宗総本山「教王護国寺東寺」。
御詠歌 「 身は高野 心は東寺に おさめをく 大師の誓い 新たなりけり 」

東寺は平安遷都後の延暦13年(794)、王城鎮護のため、西寺とともに創建された。弘仁14年(823)嵯峨天皇空海東寺を給預し、これにより定額僧五十口の住寺が認められ、空海東寺真言密教の専門道場とした。
その後、何度も火災、震災、戦火に焼かれ、その度に再興し、現在に至る。


「南大門」に来てみたら中は空っぽ。あれ?睨みを利かせた仁王様はいないの?いつもお留守なのかしら?それとも何処かで「東寺展」でもやっていて貸し出されてるの?なんか出端をくじかれたみたい。


悠々たる「金堂」。文明18年(1486)に焼失し、再興されたのが慶長8年(1603)、桃山時代の建築です。


京都は12月半ばでも、まだ紅葉が残っているんだね。


水面に映る「名残りの紅葉と講堂」。この中にあの有名な「立体曼荼羅」が待ち受けている。


「紅葉と五重塔」。正月三ケ日だけ公開される。入れないとは思ってたけど。ついでに宝物館も期間限定公開なのでこちらも入れず。


「勅使門」の近く、何の花かは知らないが、紅白に咲いていた。


「勅使門」の飾り格子。レースみたいで素敵。


「食堂(じきどう)」内の十一面観音様。洛陽三十三観音霊場の二十三番札所。ここでは唯一(外からだけど)写真を撮ることができる仏さま。
堂内には昭和5年(1930)の火災により真っ黒焦げになってしまった四天王が、痛々しい姿ながら平安時代からここでずっと平安京を護り続けている。腕を焼失しようが炭化しようが任務を果たしているのだ。


こちらは檜皮葺の「御影堂(大師堂)」。弘法大師が祀られている。

その他、大日堂、毘沙門堂、三面大黒堂弁天堂、客殿である観智院などなど、広すぎる。13時から閉館時間である 16:30までいたが、何処も彼処も絵葉書のようで美しい。金堂には光り輝く丈六(坐像なので288cm)の薬師如来、両脇に日光・月光菩薩を従え、台座には彩色された十二神将。講堂には立体曼荼羅。あまりの迫力に見入ってしまった。堂内は撮影禁止だから、載せられるのは初冬のお庭と建築物だけ。


あら、こんなところにも弘法大師様が。


東寺といえば亀!? 何で?


客殿の「観智院」に向かう橋。「五大虚空蔵菩薩」の旗がたなびいていた。


東寺冬至に近し。閉門時間が近づいてきた。


夕暮れの五重塔。風が冷たい。毛糸の帽子を取り出す。

バスに乗り今夜のお宿、「智積院会館」に向かう。と、その前に「智積院」とは目と鼻の先の「京都国立博物館」へ。毎週金曜日は20時まで開館している。


ライトアップされた博物館。ついでにミュージアムショップでお買い物。

智積院会館で精進料理のお夕食の予約をしてあるので、18時までにはチェックインしなくては。


真言宗智山派総本山「智積院」到着。初めての宿坊。フロントマンはお若い僧侶。6時起きして朝のお勤めするんだ。読経と声明、護摩法要、名勝庭園と国宝長谷川等伯の障壁画も見せてくれるという。とっても楽しみ!頑張って6時に起きなくちゃ!


東寺」洛陽三十三観音二十三番「十一面観音」と「弘法大師」の御朱印。


東寺」のお土産。「東寺の仏たち」の本と、「四国巡礼でお遍路さんが持つ鈴」(余韻があり、すごくいい音色。山登り用の熊よけ鈴にしようと買ってしまった。四国は当分行きそうにないから。)、「弘法大師不動明王、草履の裏に厄除けと書かれたお守り」、「拝観券とパンフレット」。