浄発願寺奥の院

 弾誓の開いた浄発願寺は、いまは「奥の院」と呼ばれています。徳川家康より与えられた16万5000坪に堂宇が建ち、仏像を刻む修行の岩屋もある、木食僧たちの本山でした。相模には弘法伝説があり、その名の温泉もありますが、里の村人たちに敬愛されていた木食僧たちの偉業が、弘法伝説と混同されているように思えて、なんだかもどかしいです。

 弾誓を追って但唱もこの地で修行し、「念来称帰命山」を名乗ることを許されました。その後、但唱は信州で木食修行をしながら念仏を広めます。ここでの修行が彼の人生の転換点だったことは間違いありません。

浄発願寺奥の院

 

 無常山浄発願寺は、慶長13年(1608)弾誓上人開山の天台宗弾誓派本山である。上の寛永寺の学頭寺凌雲院の末寺として、江戸時代に繁栄し、4世空誉上人の時代が全盛期だった。「男の駆け込み寺」で知られ、放火・殺人以外の罪人は駆け込めば助かった。また、木食行(穀物をさけ、木の実・草の実などを火を通さないで食べる)の戒律を大正初期まで守り続けた。さらに、雨乞い、安産信仰等でも知られ、10月の「お十夜法要」は、鎌倉市光明寺平塚市の海宝寺とともに相模の三大十夜に数えられ、昭和初期まで盛大であった。

 

 信者には、公家の広幡家や、徳川本家、尾張徳川家、藤堂、佐竹、大久保、黒田、有馬、織田氏等があり、境内は165,600坪もあった。寺宝としては、市重要文化財の縁起絵巻三巻や、雨乞軸、唐金の子安地蔵、出山の釈迦像など、数多くの像がある。昭和13年(1938)の山津波で、この地にあった浄発願寺は、諸堂宇が壊滅し、当地に復旧困難なため、昭和17年(1942)に約1km下の地に再建し、以後この地は浄発願寺奥の院と称し、市指定史跡にもなっている。

 

 この地には、弾誓上人が修行した岩屋や、罪人53人に一段ずつ築かせた石段(平成3年/1991年3月再建)等があり、参道には、浮世絵師歌川国経の供養等(現在は浄発願寺に移してある)や極楽浄土に往生できるよう祈願した「南無阿弥陀佛」の名号碑などがある。

 

    伊勢原市

 山津波で壊れたのでしょうか、名号碑は3.5字分しか読めません。

 首のない六地蔵

 山門跡からずっと石段が続きます。 

 こちらにも首のないお地蔵さん。

 4世空誉上人が罪人に築かせた五十三段の石段。浄発願寺は「男の駆け込み寺」と呼ばれましたが、更生施設のような感じですね。

 本堂跡。山がすぐそこまで迫っています。 

 

堂宇跡

 

 昭和13年(1938)秋の山津波で倒壊するまで浄発願寺の本堂・庫裏などはここにあった。本堂は、貞享2年(1685)秋田城主佐竹氏出身の4世空誉(くうよ)上人の時代に完成したが、寛政7年(1795)の火災で焼失した。その後、文化元年(1804)22世速阿(そくあ)上人の時代に再建され、間口は7間(約12.73m)、奥行12間(約21.81m)で、廊下・居間・庫裏等を合わせて約230坪あり、三方は自然の岩を掘り割って排水溝とし、非常の時には貯水槽となった。

 

 周囲の山は原生林だったが、明治末の官林払い下げで伐採された。なお、山の境界には70余の塚があった。三日三晩のお十夜法要には、本堂・庫裏が信者であふれ、相模の三大十夜と称された。

 

 本堂にあった浄発願寺の寺号学は、徳川家康の師寒松の筆によるもので、現在は約1km下の本堂に掲げてある。

 

  伊勢原市

  

 堂宇配置図。見る影もありません。

 本堂跡の左の橋を渡ると名号碑がいくつか並んでいます。この崖の上に岩屋があります。

 岩を穿った古い階段。これで岩屋に上がります。

奥の院の岩屋

 

 慶長13年(1608)尾張国(愛知県)生まれの弾誓上人によって開かれた岩屋で、この世の浄土と考えられていた。岩屋内中央に弾誓上人の石像があり、右側には宝珠院殿(新君と称し、後奈良天皇の孫娘で尾張徳川第3代綱誠夫人)や佐竹、藤堂等と大名の墓石、二世但唱等の墓石が並んでいる。

 

 岩屋前には、四世空誉上人の卵塔(伊勢原市最大)をはじめ歴代上人の墓石等がある。尚、右方には観音堂や観骨堂(六角堂で地蔵を置く)左方には五社権現(神明、八幡、春日、熊野、住吉)が祀られていた。朝日が差し込む岩屋での行や、御神木の桜で諸仏像を彫刻する等、神聖な岩屋内は一般人の立ち立ち入り厳禁の聖域であった。男の駆け込み寺で有名な浄発願寺は字の通り浄(きよ)く発願する寺である。但し、放火、殺人等は入山禁止であった。明治末年、大正12年(1923)、昭和13年(1938)等の山津波で埋没していた歴代住職の墓石等は、平成3年春発掘し復元された。

 すぐ左に岩屋の入口があるのですが、中からしきりに獣の仔の吠えるような声が聞こえて、これ以上は恐くて近づけませんでした。写真も望遠で撮っています。

 地図は先日の大山阿夫利神社の記事に載せてあります。

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