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真鶴さんぽ(4) 貴船神社

 貴船まつりは毎年7月27日、28日に開催されます。17世紀から続く歴史のある祭りで、宮城県塩竈神社塩竈みなと祭り、広島県厳島神社の管絃祭とともに「日本三大船祭り」に並び称されます。(真鶴ナビ>貴船まつり
 
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 太鼓の音が聞こえてくるので、港に出てみました。きれいに飾りつけられた船がいくつも並んでいました。

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 この船はひときわ目立っています。

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 さいころと将棋の駒。

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 貴船まつりの主役、西の小早船「貴宮丸」でした。

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 貴船神社に行きました。意外なことにお宮には飾り付けがありません。

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 この長い階段をお神輿が下りてきて、船に乗せられ、最後には「みそぎ」で海の中に担ぎ手ごと入るそうです。

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 神社は静かです。

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 頼朝が隠れたという「鵐窟(しとどのいわや)」。港と貴船神社の間にあります。

鵐窟 頼朝観音

 治承4年(1180)8月、源頼朝は源氏再興の為伊豆相模の兵三百を以て石橋山に陣取り、平家方大庭景親の兵三千と戦ったが、23日遂に敗北し土肥の杉山に逃れ、28日ようやくこの地に来り海路房州に渡りしことは史実の明らかなことである。この時、頼朝とともに逃れて来るもの土肥実平、遠平の主従7騎となり、この岩屋に身をひそめ飢えをしのぎ敵の難をまぬがれし所であると伝える。頼朝らがこの所にかくれんとした折、岩屋のうちより鵐(しとど)といふ鳥が舞い出たという所より後世この岩屋を鵐窟と伝える。
 頼朝は房州に渡ってよりのち12年たち建久三年、志をとげ鎌倉幕府を創立するに至ったのであるが、公の挙兵の当初石橋山で敗北し、この岩屋で敵の虎口を脱したる開運再生の地として由緒深い所である。