木食年表

 宮島潤子さんの『謎の石仏―作仏聖の足跡』巻末の略年表にそって、「作仏集団」としての弾誓派の系譜をみてみましょう。

1551 天文20 弾誓、尾張に出生(52年説有)
1559 永禄2 弾誓12歳、名を弾誓と改め、美濃国国府の塚尾の観音堂に参籠。念仏修行6年の後、武儀郡に草庵を移す
1571 元亀2 弾誓、諸国遍歴
1579 天正7 但唱、摂津国に出生(81年説有)
1585 天正13 弾誓35歳、紀州熊野に参籠、夢定中に鏡を授かる
1590 天正18 弾誓40歳、加古ノ津を経て佐渡相川で修行。河原田常念寺で僧となるが放逐される。41歳冬、同国檀特山の岩窟に籠る
1597 閑唱、信州綿内に出生
1602 慶長7 長音、越前に出生
1604 慶長9 弾誓54歳、檀特山岩屋口で悟りを得、弾誓阿弥陀仏となる。信州諏訪唐沢阿弥陀堂再興。相模塔の峯阿弥陀寺、一の沢浄発願寺建立。
1613 弾誓63歳、京都古知谷阿弥陀寺建立。「自筆譜脈」記す。同寺で遷化。
1617 但唱、米子不動堂を建立、千体仏を安置。四阿山で大念仏供養。
1619 長音、松本念来寺建立
但唱、赤穂に安性寺建立。伊那山中で五智如来を刻む
1635 寛永12 但唱、五智如来を江戸芝に運び、如来寺開山
1635 長音、大町弾誓寺、相川弾誓寺を建立
1637 寛永14 空誉、出羽に出生
1639 寛永16 如来寺、東叡山の末寺となり、「融通念仏弘通朱印状」2通下付さる
1641 寛永18 但唱、伊豆で石造五智如来を刻み、海路で京都へ運ぶ。同年、芝如来寺で遷化、63歳
1655 明暦1 空誉、長音に弟子入り
1655 明阿(夢誉)、出生。山居(定誉)、松本に出生
1657 明暦3 長音、秋田に念来山帰命寺建立
1660 万治3 長音弟子の明誉、心誉、下諏訪町にみたらし石仏造立。長音弟子の清眼、佐渡新穂村瓜生屋大日堂の大日如来再興。
閑唱、美濃笠原の心性寺に千体仏安置。作仏聖の万治地蔵7体造立
1673 延宝1 長音、「弾誓経」を上梓
1678 延宝6 長音、秋田如来寺にて入定
1683 天和3 空誉、一の沢浄発願寺再興
1684 貞享1 空誉・明阿師弟、「弾誓上人 伝」を編集、浄書
山居、虫倉山薬師洞窟において木食単衣称名念仏
1687 貞享4 空誉、七沢浅間社に大仏の勢至菩薩を安置。空誉・明阿、浄発願寺に本尊阿弥陀如来ほか大仏を安置
1689 元禄2 「塔の峯阿育王山阿弥陀寺開基弾誓道者験記」
善光寺別当大勧進・本孝「融通念仏弘通朱印状」「融通念仏縁起絵巻」を携えて善光寺に入寺
1694 元禄7 空誉、浄発願寺にて遷化。
1694 山居40歳、高山寺観音堂後堂に阿弥陀如来立像を安置。千体仏発願、三重塔再建の願主となる
1696 元禄9 相川金山南沢疎水貫通。天盤に巨大な卍(逆)が刻まれる
1696 山居、高山寺境内に融通念仏の名号碑を建立
1698 元禄11 山居、高山寺観音堂再興、三重塔落慶法要
東叡山養寿院貫通大徳、相川にて融通念仏の勧化
1711 宝永8 山居、大町若一王子権現社三重塔、宝蔵建立
1724 享保9 山居70歳、大町弾誓寺観音堂地下に入定
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