調布さんぽ(4) 佐須町の虎狛神社と虎狛山祇園寺
虎狛神社
野川から東へ100mほどいくと虎狛(こはく)神社があります。社殿は改築中でした。
明治7年の明細帳によると、当社は『延喜式神名帳』に載る武蔵国多摩郡八座の内で「尾狛神社ともいわれ、往古に官祭の由緒があるので、前の旧地頭から毎年祭典料として米1俵下給された」とあります。
御祭神は大歳御祖神と倉稲魂命。勧請は崇峻天皇2年(589)8月としています。
古い神社の古い狛犬です。
江戸名所図会より。
虎柏(とらかしわ)の神社
同所[筆者注:布多天神社]北の方、十丁ばかりを隔てて佐須村にあり(佐須は、古(いにし)へ当社の神主の姓なりしを、後地名に呼びたりしなり。いまもその遠裔、この地に里正して連綿たり)。社前に古松二株(にちゅう)鬱蒼と聳えたり。九月十三日をもって祭祀の辰とす。
江戸時代には「虎柏」と書いたようですが、『江戸名所図会』は、柏の字は狛の誤りではないかと言っています。
祇園寺
虎狛神社からさらに東に行くと虎狛山祇園寺があります。
『江戸名所図会』では、「狛江入道の旧跡 祇園寺」と紹介されています。
『ゲゲゲの鬼太郎』では本堂の縁の下が妖怪の集会所になっていました。
縁結びのお寺―祇園寺縁起ものがたり
天平年間(729〜749)創建
昔、この地に住んでいた右近の長者とその妻の虎女の間に、美しい琥珀という娘がおりました。琥珀が年頃を迎えた頃、福満という青年が現れ、二人は相思相愛の仲になりました。
しかし、両親は、どこの馬の骨ともわからぬ青年と一緒にさせるわけにはいかないと、娘を池の中の小島へ閉じ込めてしまいました。困った福満童子が水神・深沙大王(じんじゃだいおう)に祈ったところ、池から大きな霊亀が現れ、青年を背中に乗せて琥珀姫の住む小島へ渡してくれました。
この奇跡に、娘の両親は二人の結婚を許し、二人の間には玉のような男の子を授かりました。この子は満功(まんく)と名付けられ、成長すると両親の教えにより深く仏教に帰依し、唐に渡り仏教を学びました。その後、この地に戻り、仏教の布教と両親の菩提を弔うため、この祇園寺を建てたということです。
この満功が深大寺を創建したので、深大寺まで縁結びの寺になってしまうのでした。
ご本尊の阿弥陀如来。
閻魔大王。