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鎌倉寺社めぐり(7)瑞泉寺から鶴岡八幡宮へ

谷の奥の瑞泉寺から、西の鶴丘八幡宮を目指します。

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 途中、「永福寺(ようふくじ)跡」(国指定史跡)がありました。広さが9万平方メートルもあり、源頼朝が奥州・藤原一族を征討した後、平泉中尊寺の二階大堂(大長寿院)を模して建てた寺といわれています。いまは「二階堂」という地名として残っているのみです。

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 鶴岡八幡宮は、康平6年(1063年)に源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、材木座に源氏の氏神として八幡宮をおまつりしたのがはじまりです。建久2年(1191年)に頼朝が現在の地に遷しまつり、鶴岡八幡宮は関東の守護、国家鎮護の神社となりました。

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 源平池は東と西に分かれており、こちらは東の源氏池です。頼朝の旗揚げに因んだ旗揚弁財天が浮かんでいます。

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舞殿(下拝殿) 静御前がこの場所で舞いました。

 美しい売れっ子芸能人「白拍子」の静さんは、檀の浦で平家を滅ぼしたヒーロー義経に可愛がられていました。兄の頼朝が義経人気を危険視したために二人は都落ちするのですが、身重の静さんは足手まといになり吉野で捨てられてしまいます。

 愛する義経の行方がわからず絶望していたところを、頼朝は「ウチの政子が『日本一の舞が見たい』と言っているからさ」と鎌倉に呼び出し、お腹の子を殺そうとします。さすがにいまお腹を割いて殺すのはいかがなものかと止めが入り、生まれた子が男の子だったら殺すことに決めました(のちに男の子が生まれて殺されました)。

 静さんは源氏の氏神である鶴岡八幡宮で、鎌倉を讃える舞を奉納することになりました。「あの義経の妻の静さんが鎌倉で舞う!これは見もの!」と大勢の人が押し掛けました。

 「吉野山 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の あとぞ 恋しき」

  吉野の山で別れた義経が恋しい……

 「しずやしず しずのおだまき 繰り返し むかしを今に なすよしもがな」

  (「静」と「賤(シズ)」という粗末な服の布を掛けて)

  いやしい身分の私だけど、昔のように彼と一緒に暮らしたいなあ……

 鎌倉万歳どころではありません。頼朝は真っ赤になって怒りました。でも、妻の政子さんが「女心とはそういうものですよ」と諫めたそうです。

 頼朝の策略は失敗して、かえって美談として語り継がれることになりました。

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本宮(国重要文化財

「八」の字が鳩になっていてキュート。

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「祈」と「願」はどう違うのかな?

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石段の上から。

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おみやげはもちろん鳩サブレー

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